風 2017年12月

「おいちゃん、おばちゃんよ、俺は堅気になってから「すみだ学習ガーデン」という団体でよ、初めてボランティアちゅうやつを17年間も続けてきたんだよ。ところが来年度はよ、もうその活動ができなくなってしまうって言う噂話を聞いたんだよ。俺はこれから何したらいいんだよ…。そうか、また風の吹くまま、気の向くまま、旅にでも出るか。それじゃー、あばよ!」(寅)

 

20代に趣味などから親友になった二人と快晴の日にスカイツリーへ、天空からの眺望は360°の素敵な絵巻物。街並みは日の光を受け宝石の様に輝きおとぎの世界に。夢のひとときを満喫が、眼下に見える地図の案内表記に驚く。三ツ目通りや水戸街道を指し江戸通りと案内、日本橋へ続く道として紹介。道は繋がってこそ便利、その名は一つが分かりやすい。(環)

 

港区白金台にある自然教育園には、武蔵野を代表する草原や雑木林が残り、季節によって彩を変える。樹木と触れ合うことでその不思議さを学び、また、観察する我々に安らぎを与え、心身ともにリフレッシュさせてくれる。何回訪れても新しい気付きがあり、その恩恵を感じている。更に樹木の生き様を見ることで、感性を磨き、新しい視点で観察ができるようがんばりたい。(ピース)

 

今年も残り少なに。皆さんは新年をどのように迎える予定ですか。新年と言えば新年の季語に去年今年(こぞことし)という言葉があります。「去年今年貫く棒の如きもの」(高浜虚子)。去る年と来る年を一つの棒に例える。うまい比喩ですね。さて「みらい」はどうなることでしょう。<目を閉づや湯船に浮かぶ去年今年>(裕)

 

台北紀行(その73)桃園機場から車で1時間半ほどで北投の高台に位置する五つ星ホテル「北投麗禧温泉酒店」に到着。室内にある深くて広い花崗岩で作られた二つの湯ぶねは温泉(白磺泉)と水風呂で 外の景色と一体化し心と身体を癒してくれる。大好きな鼎泰豐や夜市にも行かず、違う台北の非日常の顔を見つけた温泉の旅。次はどこへ行こうかな…。(季)

 

法要が終わり、お寺の玄関にはMy靴がすでに並べてあった。はて、棚に入れたはず、どなたか気を利かせてくれたのだろう。が、履くと違和感を覚えた。サイズが小さく、踵が高い、靴ひもの結び方も違う。どうしても見当たらなかったので、泣く泣く家まで帰った。今頃どなたが履いているのやら。似てはいるけれど貴殿の靴に比べてそれは安物ですぞ、と言いたい。(み)

 

1985年以降表計算ソフトではMS(Microsoft)社の「Multiplan」が人気だったが、まもなく機能面から「Lotus1-2-3」に王座を奪われ、MS社は威信をかけたExcelの開発と進化を武器に血で血を洗う大バトルの末、ついにMS社が奪還を果たし、一時「簡易言語」と言わしめた表計算ソフトはとてつもない普及と進化を続け現在に至っている。(ー)

風 2017年10月

何60年近く通っていた床屋が店を閉め、マンション建築中だ。鏡の前の椅子に座って、カット、シャンプー、ひげ剃り、調髪と至福の小一時間だった。親方から若旦那に変わっても心置きなくいられた。さて困った。次の床屋が見つからない。なんだか入りづらくて。だから、20代の頃と同じ長髪になってしまった。(巌)

 

台北紀行(その72)台中の友達はまず地元 豊原の「康康猪」で名物「猪血湯」と「炒麺」を私と妹に振る舞い、次に二百年余りの歴史を有する媽祖廟「大甲鎮瀾宮」を参拝。そして「台湾のウユニ塩湖」として有名な「高美湿地」へ向かった。あいにく干潮と夕暮れが重なる時期ではなかったが、潮の引いた湿地を素足で歩くことができて、とても感激した良い旅であった。(季)

 

9年前、「源氏物語千年紀」を記念し11月1日を「古典の日」に。古典に親しむことは大切。さくらカレッジ講座でお馴染みの講師木村澄子氏は、ことばには言霊が宿り魂に響くと折に触れ語る。戦後、人名用字の使用に規定が。徐々に見直され、現在は多くが使用可に。過去には娘の名で半世紀以上も争い国に認めてもらった父親がいたとか。あっぱれ。(環)

 

平成8年頃だったと思う、同じ環境の仕事を持つ息子からの電話。NHKで、新・電子立国「ソフトウェア帝国の誕生」が放送されるので録画してほしいとのこと。かのビル・ゲイツ率いる米国Microsoft社によるWindowsの誕生秘話、表計算ソフトの誕生に至る感動の内容であった。それは今だに新鮮で、PC利用の資料として価値を受け続けている。(ー)

風 2017年8月

台北紀行(その71)風光明媚な街 「淡水」にある淡江大学に留学した甥っ子。忙しい学業の合間を縫ってマレーシアやシンガポールなど近隣諸国をひとり旅したり、学生寮で同室の台中出身の子と一緒に自転車で台湾一周まで成し遂げたりしていた。台北で会う度に言葉も上達していて、頼もしい限りの成長ぶりに帰国後の活躍が今から楽しみである。(季)

 

台北紀行(その71)風光明媚な街 「淡水」にある淡江大学に留学した甥っ子。忙しい学業の合間を縫ってマレーシアやシンガポールなど近隣諸国をひとり旅したり、学生寮で同室の台中出身の子と一緒に自転車で台湾一周まで成し遂げたりしていた。台北で会う度に言葉も上達していて、頼もしい限りの成長ぶりに帰国後の活躍が今から楽しみである。(季)

 

都バス向島百花園前下車、都立向島百花園は、約3000坪の敷地に四季折々の草花が咲き誇り、庶民的で文人趣味豊かな庭として、大名庭園(樹木)とは異なった庭園美(草・花)をもっている。「萩のトンネル」をはじめ、この季節ならではの花の戯れ・大小咲き乱れ、色彩の鮮やかなものが目立ち、心をリフレッシュさせてくれる庭園でもある。季節の草花に会いに行きませんか。(ピース)

 

今年牛嶋神社は大祭、9月の祭礼は大賑わい。祭りの頂点は連合50町会の宮入。中でも両国1丁目は八丁の旗が毎回同行、江戸町火消の証! 神社に参った折に、社殿に掛けられた北斎肉筆の絵馬の写真を拝見した。生き生きとした筆使いに魅せられ引き込まれた。北斎美術館の『須佐之男命厄神退治之図』はこの絵馬の写真を元に復元された。両方見て楽しみたい。(環)

 

風 2017年6月

3月22日、墨田区と国立大学法人千葉大学との「包括的連携に関する協定」が結ばれました。

これで区内初の大学の誘致が実ったわけです。わが街も大学に集う若者たちで賑わうことにな

ると思われます。しかし、筆者を含めたシニア層やさまざまな年代の市民に向けて、生涯学習の

推進という観点からも大学側からの知的な刺激を与えてくれることを願っております。(寅)

 

昭和20年代の終わり頃まだ今のような運動靴はなく、田舎の子ども達はゴム製の短靴を履

いていました。脱ぎ履きが簡単なのはいいのですが、蒸れるのが難でした。代わって愛され

たのがゴム草履です。下駄のように鼻緒が簡単に切れることもなく、裸足で野山や小川を自

由に走り回れる無敵の履き物でした。<くるぶしに雨の香残る夏野かな>(裕)

 

世紀の発明と言われたテレビは今8Kと言われる時代、その発達にはこんな時代があった。テ

レビの本放送から8年後の1961年(昭和36年)ついにカラー放送開始、番組の制作には多

くの照明が要求されたスタジオ内は灼熱の約40度。カメラはズームレンズがなく4つのレ

ンズを回転させ、出演者のセリフ忘れは目の前の共演者が小声で伝えながら進められた。(一)

 

「憲法記念日」に、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」を家訓とした父を想う。農地改革の下、

小作人は農地を手にできた。ある山村で、父は村人に問い説得したが理解されず。この時

ほど己が人のためにできると感じたのだろう。「兵隊さんになれなかった」と折にふれ語

った父。戦中、国のために何もできなかった反動で、少々熱くなり過ぎた。悲喜交々。(環)